私が起業したキッカケ

ここからは私がなんで今の仕事を始めたのか?

そのきっかけを書かせてもらいます。

私がどんな人間なのか興味ある人だけ読んでみてください(笑)

長年勤めたリハビリ専門病院を退職しフリーとしての働き方を模索しはじめたのが今から4年前です。

生い立ち

1977年、自営業を営む両親の元に三姉妹の長女として誕生。

幼少期、光GENJIが一世を風靡し、「なかよし」や「りぼん」という少女誌が流行る中、私の愛読書は『ブラックジャック』、よく聴いていた音楽は『ブルーハーツ』当時から人と同じことを嫌う、一風変わった子どもでした。

一方で、当時からお洋服やインテリアのことを頭の中で空想するのが大好きでした。

母とお正月用にとデパートに洋服を買いに行ったことを今でも鮮明に覚えています。

そんな母も洋服のコレクションは数知れず、また部屋の模様替えは、まるで趣味のような人でしたから、私の感性を刺激したのは、紛れもなく母といえるでしょう。

母の影響なくしては、今の私は存在していなかったと思います。

お洋服やインテリアを空想しながらも、愛読書は医療系漫画、しかも主人公は破天荒。

今思うと、どこか未来の自分を案じていたのかもしれません。

そんな医療への憧れ、おしゃれへの拘りを心の片隅に持った子ども時代を過ごしました。

地元の小中学校に通い、高校は『体育科』のある学校へ入学しました。

運動が好きだったのではなく単に勉強が嫌いという理由から(笑)

さらに、卒業後の進路も今の自分でもやれそうという基準で決めました。

運動で進める専門学校を選び、そのままスポーツインストラクターの道へ進みました。

スポーツクラブに勤め社会人となり充実した毎日を送っていましたが…

私の中の未消化な部分がフツフツと顔を出しはじめ、このままでいいのか?と自分に問いかける日々を過ごしました。

自分の枠を越えるようなチャレンジをしてこなかった自分に嫌気がさしてきたのです。

元来、自分の中での違和感を見逃せない私は、これを機に一世一代の決意とばかりに憧れの医療界へチャレンジしました。

理学療法士養成校の夜間部へ入学したのが23歳、日中仕事をしながら、夜は勉学に励む4年間を過ごしました。

ついに27歳で憧れの医療の世界へ。

リハビリ専門病院へ入職し、同病院で11年の臨床経験を積み、在職中に結婚、2人の子どもに恵まれ、3人目の出産を期に退職しました。

順風満帆に思えた理学療法士としての人生でしたが、、、

転機

在職中から心の中で燻っていた違和感を見逃せなくなっていました。

“心がここにいない”そんな感覚を覚えるようになっていたのです。

この違和感を無視できなくなり、医療の世界から身を引くことにしました。

社会に対する違和感なのか自分自身に対する違和感なのか、その原因を知りたくて気がついたらカラーセラピーやヒプノセラピーを通して、心の勉強をしていました。

心のことを学ぶことは、イコール自分と向き合うということでした。

そんなとき、ある出会いをきっかけに、転機が訪れました。

私の中では空気のように当たり前だったもの、
”おしゃれなことやものが好き”
”無類のファション好き”
というところに目を向けるようになったのです。

”おしゃれ”や”ファション”というのは私にとっては、あまりにも当たり前のこと過ぎて取り立て人に提供できるようなものではないと思っていたのです。

元々、「3度の飯よりお洋服」と自負するほど食べる事よりもファッションにお金を注ぎ込む程の無類のおしゃれ好き。

そんな私がいることを知っていながらも、進み続けた安定という道。

周りや社会に必死で合わせようとしてきた過去。

他者からの賞賛に自分の価値を見いだしていた過去。

それは、まるで他の誰かの人生を生きているような感覚でした。

これら全ての過去が私に教えてくれたこと、それは「在り方」の大切さでした。

在り方とは、自分を認め、そして受け入れた先にあるもの。

自分を知り、認め、そして受け入れるためのツールとして、私に多くの気づきを与えたのがパーソナルカラーの世界でした。

パーソナルカラーリストのはじまり

パーソナルカラーとは、持って生まれた色(肌や髪の色など)と馴染む色のことで、一般的には似合う色と表現することがあります。

私は自分自身を知るツールの一つとして、パーソナルカラーを位置付けています。

生まれた持った色に馴染む色がパーソナルカラーではありますが、その色を知ることで、自分自身を客観的に捉え、そこから発展させることができることがパーソナルカラーの最大の魅力です。

生まれ持った色と身につける色、両者の共鳴の仕方は様々で、時に引き立てたり、時に打ち消したり、両者の関係性のなかで色として存在しています。

自分自身を引き立ててくれる色を知るということは、自分を知るということ。

それは、自分を認め、肯定することでもあります。

私はそんなパーソナルカラーに秘められた力に多くの可能性を感じています。

パーソナルカラーというツールを通して、似合う色や似合うファッションを取り入れることは、自分自身を肯定することに繋がります。

パーソナルカラーは自分を育てるツールになることを私は確信しています。

他の誰かの人生を歩いていた過去があるからこそ、自分を肯定し、自分人生を歩くことがこんなに軽やかで健やかであることを私はお伝え出来ます。

これからの展望とミッション

過去の私のように、日常に違和感を抱えている女性にパーソナルカラーそしてファッションいうツールを通して、自分の人生を生きる方法をお伝えしています。

女性が自分の人生を生き、自分の人生を謳歌することは、決して自己満足のためではありません。

女性が軽やかに、そして笑顔で家庭を、社会を明るく照らすことで生じるエネルギーの循環はこれからの時代に必要不可欠だと感じています。

これから大きく変動するであろう社会を支え、次に迎える新しい社会を明るく照らすのは紛れもなく女性です。

私が提供しているサービスがそんな女性のみなさんの目覚めのきっかけとなれるよう、そして微力ながら世の中のお役にてるように、これからも取り組んでいきたいと思っています。

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